17.8.14

禁煙への決意  その6

その6 「たばこを止めて、失うものがあるか?」

禁煙セラピーでは,以下のように述べています。

  1 自信と勇気が戻ってくる。
 

  2 奴隷的な生活から解放される。
 

  3 軽蔑されているという思いで、
    人々から心の奥に暗い影を背負って
    生きなくてもすむ。



まず、

「1自信と勇気が戻ってくる・・・。」
う~ん、自信と勇気って言われても・・・

自信・・・・ う~ん。

わいてこないぞ???

勇気・・・ う~ん・・・どんな勇気だろ・・・。


ただ言えることは、

「たばこを吸っていない状態の自分が好き・・・」

ということかな?


そして次

2番目の「奴隷的な生活から解放される。」

 これは、ホントに実感してます。

たばこを吸っていたときには、自分は以下のようでした。


 1 なにげに、たばこの残りの本数を確認する。


 2 もし、残りの本数が少なくなったときは、

   自販機やお店に行って購入しなければならない・・

   といった

   半ば自分の中で強迫的かつ義務的な行動を

   取らなければならない。 


 3 たばこだけでは、吸えないので・・・

   時には、ライターの場所や持っているか気になってしまう。


 4 たばこを、所持する方法を考えなければならない。


 5 たばこが吸いたくなったら、吸える場所を

   探さなければならない。

   あるいは、いつも吸っている場所に

   移動しなければならない。


 6 たばこを吸うための、時間を確保しなければならない。


 7 たばこを吸った後は、口臭を気にしたり

   口臭を消すためにガムをかんだり

   時には、うがいをしたり歯を磨いたりしなければならない。


 8 以上のような、行動を毎日毎日繰り返さなければならない


ざっと考えただけでも、こんなに面倒なことをしていたのでした。



いまは、以上のようなことから解放されています。

そういう意味では、

逆にいえば「喫煙をするための様々な行動のストレスから解放されている」と

言うこともできると思います。


最後の

 「3 軽蔑されているという思いで、
 

    人々から心の奥に暗い影を背負って
 

    生きなくてもすむ。」

 この点は、たばこを吸っていない人が勝手に

思うことじゃないのかな?


たばこを吸っている人の多くは、

「軽蔑されている」とか「暗い影を背負って」ということの

意識は希薄だと思います。


少なくとも自分は、意識してませんでした。

人の目を気にしながら、吸うなんてまっぴらです。

たばこを吸うときは、思いっきり吸っていました。

(ただ、自分なりに喫煙のマナーは守っていたつもりです)


たばこを吸っている人を見て、

禁煙した自分が感じることは、「うまいんだろなぁ~」と思ってしまいます。

でも、自分は、もう吸いません。

吸うことが面倒だからです。




今回は,ここで失礼します。

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