その6 「たばこを止めて、失うものがあるか?」
禁煙セラピーでは,以下のように述べています。
1 自信と勇気が戻ってくる。
2 奴隷的な生活から解放される。
3 軽蔑されているという思いで、
人々から心の奥に暗い影を背負って
生きなくてもすむ。
まず、
「1自信と勇気が戻ってくる・・・。」
う~ん、自信と勇気って言われても・・・
自信・・・・ う~ん。
わいてこないぞ???
勇気・・・ う~ん・・・どんな勇気だろ・・・。
ただ言えることは、
「たばこを吸っていない状態の自分が好き・・・」
ということかな?
そして次
2番目の「奴隷的な生活から解放される。」
これは、ホントに実感してます。
たばこを吸っていたときには、自分は以下のようでした。
1 なにげに、たばこの残りの本数を確認する。
2 もし、残りの本数が少なくなったときは、
自販機やお店に行って購入しなければならない・・
といった
半ば自分の中で強迫的かつ義務的な行動を
取らなければならない。
3 たばこだけでは、吸えないので・・・
時には、ライターの場所や持っているか気になってしまう。
4 たばこを、所持する方法を考えなければならない。
5 たばこが吸いたくなったら、吸える場所を
探さなければならない。
あるいは、いつも吸っている場所に
移動しなければならない。
6 たばこを吸うための、時間を確保しなければならない。
7 たばこを吸った後は、口臭を気にしたり
口臭を消すためにガムをかんだり
時には、うがいをしたり歯を磨いたりしなければならない。
8 以上のような、行動を毎日毎日繰り返さなければならない
ざっと考えただけでも、こんなに面倒なことをしていたのでした。
いまは、以上のようなことから解放されています。
そういう意味では、
逆にいえば「喫煙をするための様々な行動のストレスから解放されている」と
言うこともできると思います。
最後の
「3 軽蔑されているという思いで、
人々から心の奥に暗い影を背負って
生きなくてもすむ。」
この点は、たばこを吸っていない人が勝手に
思うことじゃないのかな?
たばこを吸っている人の多くは、
「軽蔑されている」とか「暗い影を背負って」ということの
意識は希薄だと思います。
少なくとも自分は、意識してませんでした。
人の目を気にしながら、吸うなんてまっぴらです。
たばこを吸うときは、思いっきり吸っていました。
(ただ、自分なりに喫煙のマナーは守っていたつもりです)
たばこを吸っている人を見て、
禁煙した自分が感じることは、「うまいんだろなぁ~」と思ってしまいます。
でも、自分は、もう吸いません。
吸うことが面倒だからです。
今回は,ここで失礼します。
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